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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)6253号 判決

一 請求原因1のうち、原告が本件発明につき特許を受ける権利を被告に譲渡したこと、その後本件発明がわが国及び米国で出願され、米国では米国特許第四二七四七二〇号をもつて登録されたことは、当事者間に争いがなく、原告が本件発明を被告の従業者であつた当時、職務発明としてしたものであることは、被告において明らかに争わないから、自白したものとみなす。

請求原因2のうち、被告が昭和六〇年二月からボデイ側駆動の一眼レフ・オートフオーカスカメラである本件製品の発売を始めたこと、本件製品は駆動装置の連動部材がレンズマウント座板を貫通するものであり本件発明を実施していないが、従来のレンズマウントを変更するものであつたことは、被告において明らかに争わないから、自白したものとみなす。

二 原告は、特許法三五条に基づき、本件発明につき特許を受ける権利を譲渡したことによる対価請求権を有する旨主張するので検討する。

被告においては、特許法三五条三項に基づく対価につき従業員就業規則四一条、被告規程及び同細則に定めがあること、被告規程八、九条及び同細則六条では、いまだ特許されるに至つていない発明については、出願補償として特許出願一件につき二〇〇〇円が支払われる定めになつていること、被告規程九条二項は「二か国以上に出願した発明」に対する出願補償は最初の一か国に限ると定め、登録補償については、被告細則七条が、原則として「日本国において登録番号の付与されたもの」についてだけ行ない、「日本国において権利化されなかつたもの」については例外として、国外において権利を取得したときに登録補償を行なうと定めていること、被告が既に原告に対し本件発明の出願補償金二〇〇〇円を支払済みであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

職務発明については特許法三五条の定めるところであるが、職務発明につきあらかじめ使用者に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させる旨の「契約、勤務規則その他の定」を設定することは妨げられないし(同条二項参照)、右契約等において承継についての対価に関する具体的な定めを設けたときは、使用者及び従業者がこれによつて規律されることは当然である。もつとも、同条三項は右対価につき「相当の対価」といい、同条四項は右対価の額につき考慮すべき事項を定めており、右は職務発明をした従業者の保護を図る趣旨に出たものと解されるから、使用者と従業者間の契約や就業規則等で定められた対価の額が著しく低く、同条三、四項の趣旨に照らして不相当と認められるときは、右契約や就業規則等の規定は無効であると解するのが相当である。

原告は、被告規程及び同細則の登録補償に関する条項は同条三、四項に反し無効であると主張するのに対し、被告は、原告の右主張は前訴判決の既判力ないし争点効に抵触するものであつて許されない旨主張する。なるほど、成立に争いのない乙第五ないし第七号証によれば、被告主張の訴訟において、原告は、本件発明の特許を受ける権利を譲渡した対価としてその持分権を有すると主張し、右特許を受ける権利及び米国特許権の二分の一の持分権を有することの確認を求めたこと、右訴訟では対価(補償金)に関する被告規程及び同細則の規定の効力が主たる争点となり、原告は、本訴での主張と同様の理由により右規定が無効である旨の主張もしていたこと、右訴訟の一審判決は原告の主張を退け、右規定は有効であるとして原告の請求を棄却し、控訴審、上告審の判決でもその結論は維持されたことが認められる。しかし、前訴と本訴とを比較すると、前訴は本件発明につき特許を受ける権利及び米国特許権の持分権確認を求めるものであるのに対し、本訴は右特許を受ける権利を譲渡した対価として一定額の金員の支払を求めるものであつて、訴訟物を異にし、前訴の判決の既判力は、前訴の判決の理由となつた前記規定の効力を確定するものではないし、判決理由中の判断に既判力類似の効力を認めることも相当ではないから、被告の前記主張は採用の限りではない。

ところで、原告は、被告規程及び同細則の登録補償についての定めが特許法三五条三、四項に反して無効であると主張する理由として、被告が自ら発明を実施した場合に登録補償として支払われる補償金が著しく低額であり、利益の還元がないことを挙げている。しかし、原本の存在及び成立に争いのない甲第一一、第一二号証によれば、被告規程及び同細則は、同条三項に基づく対価たる補償金を出願補償、登録補償及び運用補償に分けて支払うものと定めており、被告が発明を自社実施した場合には登録補償によつて補償金を支払うことになつていること、被告細則七条は登録補償の金額につき「発明の技術的内容・発明者の環境および発明がなされるについて会社が寄与した程度等を考慮してA、B、C、Dの等級に、実施の効果をa、b、c、dの等級にあてはめ次の表によつて決定する」として最高五万円の補償金を定め、さらに「特に考慮すべき内容を持つものに対しては特別に審査をして」一〇万円までの範囲内で補償金額を決定することができるものと定めていることが認められ、右登録補償の金額は、当裁判所に顕著な国家公務員に対する補償である「国家公務員の職務発明に対する補償金支払要領」(五五特総第七三七号昭和五五年七月二四日)の登録補償の「権利一件につき三〇〇〇円に一発明につき三〇〇〇円を加えた額」と比較しても高い金額であり、自社実施の際の実績補償が含まれていることを考慮しても、被告規程及び同細則の登録補償の金額が著しく不当なものとは認められない。なお、前掲甲第一一、第一二号証によれば、被告規程及び同細則には、職務発明につき被告が自社実施しなくても、その特許権又は特許出願が存在するために事実上その発明の実施を排他的に独占できるというような場合についての補償の定めは格別存在しないことが認められるが、被告規程及び同細則はかかる場合をも含めて特許を受ける権利の承継による対価を出願補償、登録補償等の分割支払の方式で定めているものと解されるうえ、前掲甲第一一、第一二号証によれば、被告規程一二条、同細則九条には権利の復元に関する規定もあることが認められるから、特に特許を受ける権利を承継した発明の不実施の場合の補償の規定を欠くからといつてそのことが被告規程及び同細則の効力に影響を及ぼすものとは解されない。

次に原告は、外国の特許を受ける権利又は外国特許権の承継及び権利の承継に対する対価を定めた被告規程及び同細則の条項は、特許法三五条二項に反し無効であると主張する。しかし、職務発明に関する権利承継等の定めにつき外国への出願及び外国の特許権を含めて就業規則等で規定することは何ら同条の趣旨に反するものとは考えられず、原告の右主張は失当である。そして、二か国以上に出願した発明に対する出願補償及び登録補償に関して被告規程九条二項及び同細則七条に規定のあることは前記のとおりであり、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証の一、二によれば、本件発明は日本国における出願が米国における出願に先立つてなされたものと認められ、一方本件発明は日本国での特許の登録はいまだなされていないのであるから、被告規程及び同細則の右各規定によれば、原告は、本件発明の米国への特許出願及び特許登録を理由として出願補償及び登録補償の支払を請求することはできない。

三 以上によれば、本件発明について特許を受ける権利を被告に譲渡した対価としては、現段階では既に支払われた出願補償金二〇〇〇円のほかには被告は支払義務がないものというべきである。

よつて、原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却する。

〔編註〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。

一 請求原因

1 原告は、被告の従業者であつた当時、職務発明として左の発明(以下「本件発明」という)をなし、その特許を受ける権利を被告に譲渡し、その後本件発明はわが国及び米国で出願され、わが国では左のとおり出願公開がなされ、米国では米国特許第四二七四七二〇号をもつて登録された。

発明の名称 レンズ交換可能なカメラの自動焦点調節装置

出願日   昭和五三年四月二一日

公開日   昭和五四年一〇月三〇日

公開番号  昭五四―一三九七二七

本件発明は、撮影レンズが交換可能なカメラにおける自動焦点調節装置に関し、撮影レンズの焦点調節を自動的に行なうためカメラ本体側に設けた制御手段と焦点調節のため可動なレンズ群を光軸方向に移動する移動機構とをレンズマウントの開口を貫通する連動部材によつて連結可能にしたことを特徴とする。

2 被告は、昭和六〇年二月からボデイ側駆動の一眼レフ・オートフオーカスカメラ「ミノルタα―七〇〇〇」(以下「本件製品」という)の発売を始めた。本件製品は、駆動装置の連動部材がレンズマウント座板を貫通するものであり、本件発明を実施していないが、従来のレンズマウントを変更するものであつた。交換レンズシステムがオートフオーカス可能となるボデイ側駆動の一眼レフ・オートフオーカスカメラは、カメラメーカー各社が開発に取り組んでいたものであるが、その現実的に実現可能な方法としては、本件製品が採用した方法か又は本件発明の方法のいずれかに限られる。そして、本件発明は、レンズマウントを変更しないで一眼レフ・オートフオーカスを可能にするものであるところ、レンズマウントの変更が企業イメージの低下になることを懸念する被告以外のカメラメーカーは、本件発明の特許出願及び米国特許権が存在するため、ボデイ側駆動の一眼レフ・オートフオーカスカメラを開発して販売することができなかつた。そのため本件製品は、発売されるや市場で圧倒的人気を博し、それまで被告の市場占有率は大手五社の中で最低であつたのが、同年五月には一躍業界トツプに立つに至つた。

3 特許法三五条三、四項は、従業者が使用者に発明を譲渡したときの対価請求権について規定しているが、右対価請求権は、使用者がその発明を実施した場合だけでなく、発明を実施していないが、その発明が他社を排除して使用者が製品の実施を独占し得る地位を取得した場合にも生じるものというべきである。

前記のとおり、本件発明の存在により、被告以外のカメラメーカーがボデイ側駆動一眼レフ・オートフオーカスカメラを開発して発売することを排除し、被告が同カメラの販売を独占的に行なうことを可能にしたものであるから、原告は被告に対し、本件発明につき特許を受ける権利を譲渡した対価を請求する権利を有する。しかして、被告は、本件製品の発売開始後昭和六〇年七月末までに本件製品を合計二二万台製造し、一台当りの製品出荷価格を七万円としてその総出荷価格は一五四億円となるから、右譲渡の対価としてはその一〇〇〇分の一である一五四〇万円を相当とする。

4 よつて、原告は被告に対し、本件発明につき特許を受ける権利を譲渡した対価として金一五四〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一〇月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1のうち、原告が本件発明につき特許を受ける権利を被告に譲渡したこと、その後本件発明がわが国及び米国で出願され、米国では米国特許第四二七四七二〇号をもつて登録されたことは認める。

2 同2のうち、本件発明の特許出願及び米国特許権が存在するため、被告以外のカメラメーカーがボデイ側駆動の一眼レフ・オートフオーカスカメラを開発して販売することができなかつたことを否認する。わが国における一眼レフカメラのトツプメーカーである訴外日本光学工業株式会社は、昭和六一年四月一日からボデイ側駆動の一眼レフ・オートフオーカスカメラである新型カメラ「ニコンF―五〇一」を発売している。

3 同3は否認する。

三 抗弁

被告においては、特許法三五条三項の規定に基づく相当の対価については従業員就業規則四一条、発明考案取扱規程(以下「被告規程」という)及び同細則(以下「被告細則」という)にその定めがあり、本件発明はわが国においてはいまだ特許されるに至つていないので、被告規程八、九条及び同細則六条に定める出願補償のみが支払われるべきことになり、その金額は一件につき二〇〇〇円である。本件発明は米国においては特許されているが被告規程九条二項は、「二か国以上に出願した発明」に対する出願補償は最初の一か国(本件の場合は日本国出願)に限ると定めるとともに、登録補償については、被告細則七条で、原則として「日本国において登録番号の付与されたもの」についてだけ行ない、「日本国において権利化されなかつたもの」については例外として、国外において権利を取得したときに登録補償を行なうと定めている。したがつて、本件発明の米国特許に対する登録補償は、これに対応する日本国特許出願が目下審理中であるから、いまだ実施し得ない。

被告は既に原告に対し、本件発明の出願補償金二〇〇〇円を支払済みである。

四 抗弁に対する認否

抗弁のうち、被告において特許法三五条三項に基づく対価について従業員就業規則、被告規程及び被告細則に被告主張の定めがあること、被告が原告に対し本件発明の出願補償金二〇〇〇円を支払済みであることは認めるが、その余は争う。

五 再抗弁

1 被告規程及び同細則によれば、従業者に対する補償金は、出願補償、登録補償及び運用補償にわけてそれぞれの時期に支払う分割方式を採用しているが、被告が自社実施した場合には、登録補償で補償金を支払うことになつており、最高五万円、特別の場合でも一〇万円に過ぎず、国家公務員の補償に比較しても著しく低いものである。したがつて、被告の登録補償は特許法上の相当の対価である利益の還元がなく、被告規程及び同細則の登録補償に関する条項は特許法三五条三、四項に反し無効である。

2 被告規程五条は「会社の業務範囲に属する発明について日本国及び国外において工業所有権を取得する権利はすべて会社が承継するものとする。」と定め、外国特許に関する出願補償及び登録補償につき被告規程九条二項及び同細則七条は被告が抗弁で主張するように定めている。しかし、外国特許を受ける権利又は外国の特許権は特許法三五条の職務発明ではないのであるから、予め外国の特許を受ける権利又は外国の特許権の承継及び権利の承継に対する対価を定めた被告規程及び同細則の条項は特許法三五条二項に反し無効である。

六 再抗弁に対する認否

再抗弁の主張はいずれも争う。

七 再々抗弁

原告は、被告に対する前訴(大阪地方裁判所昭和五八年(ワ)第五二〇九号)において、本件訴訟で問題になつているのと同一の本件発明に関する特許を受ける権利及び米国特許権につき持分権の確認請求をするにあたり、再抗弁と同様、被告規程及び同細則の対価(補償金)に関する条項が無効であるとの主張をなし、この点が訴訟の勝敗を決する天王山ともいうべき争点として審理され、第一審判決(原告の請求を棄却)においても詳細な判断がなされ、控訴審、上告審ともこの判断を正当として是認している。したがつて、原告が本訴において前記各条項を無効であると主張することは、前訴判決の既判力ないし争点効に抵触するものであつて許されない。

八 再々抗弁に対する認否

再々抗弁の主張は争う。

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